夜中の三時ごろ、のび太は突然目覚めた。 いつもなら朝までぐっすり寝た挙句、寝坊しかけて慌てて学校に走っていくのだが、不思議にも彼は目覚めてしまった。 外はいつからだろうか、雨が降りだしていた。 雨に冷やされた空気が、少し肌寒さを感じさせる。 彼は不思議にも冴え渡ってしまった目で、周囲を、押入れを見た。 その扉は閉まっていた。 身体に無造作にかかっていた布団を投げ捨て、押入れに近づく。 そうして扉を引き開け、そうして一つ、小さなため息をついた。 彼はひとかけらの期待と共に扉を開いたのだった。 親友がそこで寝ていて、突然開いた扉に驚いて起きて、「どうしたんだい、のび太くん」なんて眠たげに言う、そんな期待を。 だが、彼はそこにいなかった。 いつもは二人いるはずの部屋には、まだ一人しかいなかった。 「ドラえもん…どこにいるんだよ………。」 ふと、押入れの下の段、幼少期からのおもちゃが詰まっていた箱に目が行く。 そうして、彼は重大な事実を思い出した。 ドラえもんの特徴の一つ、彼のおなかの辺りに象徴的に付いている、カンガルーの子袋のような、アレを。 実はそれは子袋なんてものではなく、未来の科学技術の結集が詰まっていると言うとんでもない代物な のだが、それには「スペア」が存在するのだ。 そのスペアをのび太は所有していた。 ただ、軽はずみに使っていいものではなく、使うとドラえもんが激怒するものだから、基本的に彼はおもちゃ箱の中にソレを入れ、「秘密道具」が必要なときにはドラえもんに直接頼むようにしていたのだ。 だが、今回ばかりはそんなことを気にしている場合ではない。 彼はスペアポケットの中に手を入れ、秘密道具の一つ、「どこでもドア」を探した。 どこでもドアとは、自分の行きたい場所に空間を無視して、エジプトだろうが月だろうが瞬時にドアを通過することで到着できるという代物である。 が、探しても探してもそれがどうにも見当たらない。 道具は基本的にソレを取りたい、という意思が呼び寄せるのである。 が、いくら念じてみても、どこでもドアは出てこない。 ひょっとしたら、ドラえもんが使いっぱなしにしていると言う可能性もある。 そこには、「スペア」ポケットという特徴の一つが起因している。 「ポケット」の中は「四次元空間」などというとんでもない、無制限の空間が存在している。 だからこそドラえもんはありとあらゆる大小さまざまな物体をその中に所有していられるのであるが、そのドラえもんの持つ「本体」と「スペア」は同じ空間を共有しているのである。 だから、中に入ってるものも共通であるし、片方から何かを引き出せば、片方からは引き出せなくなる。 どこでもドアが出せないのはひょっとするとドラえもんが今現在使用しているから、という可能性があるのだ。 そこで彼は、あるひとつの事実に気づく。 同じ空間を共有している両ポケットの違いとはつまり、「違う入り口を使用している」ということなのである。 考え方を変えるのであるのであれば、「片方から入れば、片方から出られる」ということだ。 つまり、どこでもドア無しでも、このスペアポケットから中に入り、ドラえもんの下にたどり着くことができるのである。 その事実に気づいたのび太は、すぐに身支度を整え、ポケットの中に入り込んだ。 ポケットの中には、なんとも形容しがたい、奇妙な空間が広がっていた。 周囲は常に様々な色へと変容し続ける「壁」に囲まれ、地面も、空もない。 際限のない、奇妙な色をした海に浮かんでいるような感覚だ。 近くに、遠くにちらほらと秘密道具が見える。 やはりどこでもドアは見当たらない。だが、今の目的はそこにはない。 「出口」を探すこと。それが最優先である。 泳ぐわけにもいかないので、彼はフワフワと浮いたまま「出口」の存在を念じた。 すると目の前に、人一人なんとか通れそうな小さな穴が現れた。 穴の向こうには、また穴があった。 そこから見える景色は、一本特徴的に立った木と、木目張りの壁。 穴の向こうは穴とはずい ぶんと奇妙な光景だが、のび太には他の選択肢はない。 意を決して彼は穴に飛び込んだ。 四つんばいの状態でポケットから這い出ると、地面はひんやりとしたコンクリートだった。 頭上にはすぐ天井がある。壁は丸い。 どうやら土管の中のようだった。 後ろを振り返る。 すると、期待していたはずのドラえもんの姿は無く、ポケットが一つ、ぽつんとそこに横たわっているだけだった。 「ドラえもん………?」 これは異常だ。 そう、異常。 なぜならドラえもんはまずポケットを手放さない。 だからこそスペアポケットをくぐったはずだったのに、その先にはポケットのみが横たわっているだけ。 身体が悪寒に包まれる。 ドラえもんは、どこに。 ドラえもんに、何が。 ドラえもんは、ドラえもんは………。 ぐちゃぐちゃになった思考で、とりあえずポケットを拾い上げ、土管から出る。 顔を水滴が打つ。外は相変わらずの雨だった。 出てみて気づいたが、ここは先ほどまで野球をしていた空き地らしい。 やはりドラえもんはいない。 「ようやく、来たのか。」 土管を背に周囲を見渡していたのび太の背後から、突然声がかかった。 「ドラえもん!?」 慌てて後ろを振り返るのび太。 が、その喜びはすぐに打ち消された。 彼の視線の先にいたのは、土管に腰掛ける、黒い、黒い、影のような、「誰か」だった。 「待っていたよ…この時を。」 影は暗く、だがはっきりと、言った。