「では、野比。この問題を解いてみろ。」 黒板にチョークの当たる音と、教師の説明の声だけが支配する静かな教室で、教師が一人の生徒に問題を出した。 それに呼応して、頬杖を付いて寝入っていた一人の生徒が目を覚ます。 眠たげに瞬きを数回し、その後に黒板を一瞥すると、彼は口を開いた。 「えーと…。」 彼にクラス中の視線が集中する。授業中に寝入っていた生徒に問題を出す、などというのは教師側の見せしめに他ならないからである。 ある者は同情を、ある者は好奇心を、ある者は期待を込めて、クラス中の視線が彼に集中していた。 「底辺4×高さ3÷2ですから、その三角形の面積は6平方センチメートルです。」 教師はさして驚いたような体もなく、小さなため息と共に肩を落とした。 「正解だ。ふぅ、お前が優秀なのはわかっているが、もう少し授業はちゃんと聞いてくれないか、野比。でなければこちらとしても立つ瀬がない。」 「すいません。昨日は夜までコロコロ……いえ、今日は少し寝不足で。気をつけます。」 微笑をたたえながら、彼はそう答えた。 「ほら、お前らも野比ばかり見ないでこちらに注目しないか!授業中だぞ!」 教師の喝に、生徒は鮮やかに教師の攻撃を退けた彼に向けていた賞賛、羨望や憧憬を込めた視線を黒板に戻し、再び教室に静寂が戻った。 と、彼の背中をトントン、と誰かが叩いた。 「相変わらずやるじゃないか、のび太。またお前の株が上がるな、憎らしいぜ。それはともかく、だ。ジャイアンが今日、空き地で野球しないか、だとさ。」 先ほど鮮やかに問題を解いて見せたのび太という少年にニヤニヤと笑いながら話しかけたのは、骨川スネ夫という少年である。 少し意地の悪そうな顔をした彼は、クラスメイトたちからはジャイアンの子分という印象が強い。のび太の友人の一人である。 「今日もかい…?まぁ、いいけれど。じゃあ、放課後に。手加減はしないよ?」 首だけを後ろに向けて、彼は答えた。 最後の台詞は剛田武、通称ジャイアンに向けた言葉である。 恰幅のよい、いわばガキ大将的な立ち位置だ。のび太は彼とはよく放課後野球をしたりして遊ぶ間柄で、仲がいい。 スネ夫のもう一つ後ろの席に座っていたジャイアンが、その言葉に不敵な笑みを浮かべた。 「手加減だと?抜かせ、お前にばっかりいい気分させてたまるかよ。俺も手加減はできねえからな。覚悟しろよ?」 ジャイアンの挑発に、のび太もジャイアン同様の笑みを浮かべながら、黙って頷いた。そうして彼は頬杖をつき、黒板に視線を戻す。 その後ろで、スネ夫がなにやら呟いている。 「ちぇっ。なんだってこいつは…僕だってお前と同等にやれることくらい……」 と、あからさまに授業に集中していないスネ夫が教師の目に留まった。 「骨川!何をさっきから呟いているんだ。少しは集中しないか。……この台形の面積、出してみろ。」 先ほどののび太と同じ状況。しかし、その慌て具合はのび太のケースとは比べ物にならない。 「えっと、それはそのう…えーっと…。」 「12。」 慌てるスネ夫に、のび太が小さく助け舟を出した。 「じゅ…12!12です、先生!」 その声を反射的に繰り返すスネ夫。 「…正解。だが、次からは自分の力で解けるように。」 そう、再びのため息を突きながら、教師はスネ夫を解放した。その視線は野比を確かに捕らえていたが。 「サンキューのび太、助かった。」 そう、両手を合わせて一際神々しく彼の目には映るのび太にスネオは感謝の意を述べた。 「まぁまぁ。でも、今度あのマンガ、読ませてくれよ?」 コレが、野比のび太という少年の日常で……… Ф 「……では、野比、この問題を解いてみろ。」 黒板にチョークの当たる音と、教師の説明の声だけが支配する静かな教室で、教師が一人の生徒に問題を出した。 それに呼応して、頬杖を付いて寝入っていた一人の生徒が目を覚ます。 眠たげに瞬きを数回し、その後に黒板を一瞥すると、彼は口を開いた。 「えーと…。」 彼にクラス中の視線が集中する。授業中に寝入っていた生徒に問題を出す、などというのは教師側の見せしめに他ならないからである。 ある者は同情を、ある者は好奇心を、ある者は期待を込めて、クラス中の視線が彼に集中していた。 「三角形の面積……!?ええっと…底辺4÷高さ3×2だから、えーっと…3分の8です!」 教師はさして驚いたような体もなく、小さなため息と共に肩を落とした。 「三角形の面積の公式は底辺×高さ÷2だ。……少しは授業に集中しないか!そんなに廊下に立たされたいか、お前は?」 「す、すいません先生!明日から気をつけます!」 「今からだろう!バカモン!」 「は、はい!すいません!」 クラス中がこの寸劇にどっと吹き出した。 恥ずかしそうに頭を抑えながら、のび太は首をひねった。 ―――おかしいなぁ・・・夢のとおり答えたんだけど…。それにしても、不思議な夢だったなぁ。あれが現実だったらよかったのに。 これが野比のび太の「現実」の日常である。 そうしてクラスの笑いは、クラスに混乱を呼び込んだのび太が廊下に立たされるまで続いた。